羽柴秀吉は、賤ケ岳の戦いで生け捕りにした佐久間盛政にこう問いかけました。

「なぁ盛政、俺たちの仲間に入らないか?そしたら、大名にしてあげるからさ…」

 

しかし、盛政は首を縦に振りません。

「そりゃ違いますよ。武士の生き様は命と引き換えなんで、銭金じゃ買えないんです」

 

やっぱ盛政、その手の話には1ミリ足りとも乗って来ませんでした。

今日は、そんな男気満点の佐久間盛政のお話です。

「鬼玄蕃」の異名を持つ豪男

 

鬼玄蕃こと佐久間盛政(もりまさ)。

柴田勝家に仕える勇猛な武将です。

 

盛政は戦はもちろん強いのですが(鬼ですからね、最強レベルです)それ以上に注目すべきは男気の良さでしょう。

勝ち負けや損得に靡かない侍魂。

 

盛政は賤ヶ岳の戦いで敗れ、敵軍に生け捕りにされました。

そして、秀吉からは家臣になって従う様に迫られます。

 

しかも、肥後一国を約束するというボーナス付き。

普通の人なら、即刻飛び付くはず…。

 

しかし、盛政はOKしません。

だって侍ですから。

 

損得やゼニカネで武士の魂を売ってはいけないのです。

 

盛政はそういう人間ではありません。

カネにピラピラなびく位なら、最初っから武将なんかやってませんよ。

 

そして、盛政が三条河原で処刑されるその日…京都の街は高潔な鬼玄蕃を見送る人々で埋め尽くされました。

 

 

勝家のおやっさん

佐久間盛政は織田家の家臣であり、柴田勝家の派閥に属していました。

 

勝家といえば秀吉と対立する武将。

 

この二人は、性格的にイマイチ反りが合わなかったのでしょうね。

(秀吉は誰にでも好かれる性格ですが、硬派の塊みたいな人に限っては嫌われっぽいです)

 

ま、ライバル的な立場なので互いに張り合う気持ちもあったかも知れませんが…

 

さて、織田信長が討たれた本能寺の変の後の清洲会議でのこと。

信長亡き後の、後継者選びでもやっぱり二人の意見は合いません。

 

勝家は信長の三男信孝を、秀吉は信長の孫三法師(3歳)を推し、織田家の家臣団の中も真っ二つに別れました。

 

普通に考えれば、信孝を推すんです。

でも、秀吉は下心があって三法師が良いとします。

そして、この意見の違いが後に「賤ヶ岳の戦い」となって現れます。

 

羽柴秀吉 VS 柴田勝家。

(佐久間盛政は、勝家派の人間です)

 

戦の結果は…みなさんご存じですよね。

秀吉の勝ちです。

しかも、大勝利。

 

戦術的には確かに秀吉の方が一枚上手でした。

だけど・・・

 

 

勝ち負けを越えた生き様

でも、かっこ良かったのは勝家の方。

潔く戦っています。

 

手の込んだ根回しもやってないし、裏切っていった前田利家にも文句を言わない。

そして、最後は奥さんと一緒に自刃。

(北ノ庄城でした)

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勝家に従う者たち

 

勝家の奥様は信長の妹「お市」の方。

 

お市は以前、浅井長政の継室をやっていて、小谷城が攻められた時は信長に連れ戻されましたが…今回は旦那さん(勝家)と一緒に運命を共にします。

 

たぶん、勝家のことだから「わたし、逃げたいんです」と言えばきっと許してくれたでしょう。(※娘たち3人は逃げています=救出される)

 

でも、今回は最期まで勝家と一緒にいる事を選んだのです。

そして、そんな勝家を後から追いかけたのが佐久間盛政なのでした。

 

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鬼玄蕃が敵を叩きのめしたけれど…

賤ヶ岳の戦いにおいて、最初は柴田軍の方が押していました。

 

盛政も敵をバンバンなぎ倒していきます。

中川清秀を討ち破り、高山右近は尻尾を巻いて逃げていきました。

 

しかし、兵力の勝る羽柴軍。(3倍ぐらい違います)

その後、援軍がどんどん到着して…さらに前田利家の裏切りにも遭い、ついに柴田軍は敗れます。

 

そして、佐久間盛政は秀吉軍に生け捕りにされました。

 

盛政の勇猛さを知る秀吉は、これを機に羽柴に仕官するように求めたのです。

しかも、それは従うだけでなく、肥後国を与えると言う条件付きで。

 

破格の待遇!

秀吉も戦場のスーパースターをスカウトする為に必死でした。

 

命をかけてこそ武士

しかし、盛政は「な〜んか違うんだよねぇ」なんです。

 

領地をくれるとか、自分の力を買ってくれるって言うのはありがたいんです。

でも、それだけじゃあまりにもビジネスライク。

 

面白くない。

 

命賭けてる感じがしないし、軽薄な感じがする。

これでは勝家のおやっさんに合わせる顔が無いよなぁ…。

 

秀吉派ならば「切腹をしなさい」と言われますが、それもと違う。

 

もし切腹する余裕があるなら、秀吉さんに斬りかかりますよと言う話。

だって私はあなたの敵なんですから…命ある限り。

 

残すは、暫首?

うん、それならOK!

 

敵に施されている感じがしないし…とことん最後まで戦い抜いた武士にはピッタリです。

 

こうして、佐久間盛政は京都の三条河原処刑(死罪)される事になりました。

 

鬼玄蕃の最期

処分が決まった盛政は最期まで堂々と武士らしく振るまい、周囲の人達を魅了してします。

罪人とは思えないほど、清々しくてとことんカッコいい。

 

そして、街の人たちもウワサしました。

 

「佐久間盛政って知ってる?」

「知ってるさ~死ぬほどカッコいい武将だろ?」

「殺すのモッタイナイなぁ」

「あれこそ男の中の男だよ!」

 

処刑の当日はそんな鬼玄蕃を見送るために、京都市中の人々が馬車道を埋め尽くすほど集まりました。

 

 

おまけ

ちなみに佐久間盛政の異名は「鬼玄蕃」、で柴田勝家の異名は「鬼柴田」。

同じ鬼同士で、気持ちが相通じるところもあったのかも知れません。

 

盛政の身長は180cm以上あったと言われ当時の平均身長からするとずば抜けて大きい。

対戦した人はもの凄く怖かったでしょうね。巨漢の鬼…

 

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