巌流島で、宮本武蔵と決闘をした果たした佐々木小次郎。

 

でも「佐々木小次郎」という名前は、小次郎が死んで231年経ってから出て来た名前。

それって、普通に考えると「後から付けた名前じゃない?」て思いますよね。

 

しかし、テレビや小説やマンガには出演しまくっている小次郎…。

それだけの有名人だから「もっと細かく知りたい」って人多いと思いますが、知れば知るほど謎と怪さは増すばかり。

 

佐々木小次郎は日本人の常識なので、いてくれないと困るのですが、伝説ばかりが一人歩きしています。

小次郎の真相はいかに?

 

佐々木小次郎って誰?

宮本武蔵が巌流島で決闘した「あの人」の名前は…一応「佐々木小次郎」って事になっています。

 

映画とか小説では「小次郎敗れたり!!

なんて言われちゃっていますが、本当はよく分からないのです。

実際にそれでいいのか…?

 

じゃあ、一体何者なんでしょう?

武蔵と戦ったあの人は…

 

 

一般に言われているのは、富田勢源(とだせいげん)という剣豪お弟子さんだという事。

(※勢源→越前国(福井県)の目耳が不自由な剣豪、富田流6代目)

 

(仮名)小次郎は勢源の元で数年間修行して、ある日、勢源の弟と試合したら、勝っちゃった!

(必殺「燕返し」を使いましたよ)

 

そしたら、何となく富田グループに居ずらくなって勢源のもとを離れていきます。

一人になった(仮名)小次郎は自ら「巌流」と言う流派を名乗り諸国をまわって武者修行の旅に出ました。

 

それで、各地を巡って試合をしながら勝ちまくっていると西日本一帯で有名になってしまう。

これが切っ掛けで小倉藩の細川忠興に拾われ、剣術のアドバイザーになったという話。

 

 

だけど…この話もちょっと怪しい所があるんです。

 

(仮名)小次郎は18歳くらいで武蔵と対決しますが、それだと年齢的に勢源の弟と試合が出来ない。

(小次郎が生まれる前に勢源の弟は死んでる)

 

そこで、じゃあ(仮名)小次郎は別の人じゃないの?なんて意見もあったります。

(鐘巻通家とか、富田勢源の他のお弟子さん等)

 

さらに、小倉藩に(仮名)小次郎が仕えた記録がない…

 

 

何なんだ?

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よく分からんぞ、佐々木小次郎。

幽霊か???

 

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そして「巌流島」 本当に戦ったの?

むちゃくちゃ存在の怪しい(仮名)佐々木小次郎なんですが、そんな小次郎に「宮本武蔵」という武芸者が決闘を挑んで来ます。

 

 

そして、映画とか漫画に出てくるような小次郎かどうかワカラナイですけど…

とりあえず「誰か」が戦ったんですね、武蔵と。

 

で、武蔵が勝つ。

この位の大筋は皆が認めるところなんです。

 

でも、細かいところは諸説あって不明な事が多い

 

 

佐々木小次郎は若者じゃなくでオジイサンだったとか、勝負の途中で武蔵に弟子がなだれ込んで来たとか、武蔵は遅刻作戦をやっていないとか、

いろいろあるんですが、これまたどれが正しいのかよくワカラナイ。

 

もしかしたら、巌流島で決闘って世間がイメージしているような世紀の一戦じゃなくて、もっとかる~い練習試合みたいな対戦だったのかも知れないし…

 

 

巌流島で戦ったことは戦ったんでしょう。

でも掘り下げていくと、ますます「佐々木小次郎」って誰?

って感じになってしまう。

 

山口県岩国市には佐々木小次郎の銅像がありますが、あれ、きっとUMAですよ。

 

秘剣「燕返し」

佐々木小次郎の必殺技に「燕返し」と言う剣術があります。

これは一乗谷川の急流を飛び散る水しぶきを見てヒントを得た剣の振り方だそうです。

 

とりあえず、小次郎のオリジナル剣法となっています。

 

 

そこで、これをもって彼の生きた証は存在する、と言う事にしておきましょう?

(だんだん、実在するのかしないのか分からなくなっちゃった!)

 

燕返しの剣はユーチューブで見れます。

(僕の目にはどこが凄いのかよく分かりませんでしたが…素人なので)

 

振り降ろした剣を、手首をひっくり返すことで剣を逆方向に切り返せるという技です。

(クイックルワイパーでマネしてやってみたら、ヒジが痛くなりました)

 

まとめ

宮本武蔵と世紀の決戦を繰り広げたといわれる佐々木小次郎。

しかし、小次郎の存在を指し示す証拠は少なく

さらに巌流島の決闘でさえも不明な所も多い。

でも、小次郎がいてくれないと武蔵の強さが引き立たないんですよねえ。

 

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