毛利元就は最初、守護大名の大内義隆に仕えていました。

中国地方~北九州を支配する立派な大名です。

でも、元就から見たら…

「アレやっちゃだめでしょ、ココはちゃんとやって下さい、社長なんだからしっかりしてよ」

と、ダメ出しの連続。

これじゃ、どっちが主君だかわからない。

今回はそんな大内義隆と比較しながら、元就の考える大将の在り方について書いてみます。

元就と晴賢と義隆

転落するバカ殿

当初、毛利元就が仕えていた大内義隆は、巨大な守護大名。

中国地方や九州を合わせて、7カ国を領していました。

 

応仁の乱の後、多くの大名がパワーダウンしていく中で、大内氏は断トツの強さを見せつけ栄華を誇ります。

明・朝鮮との貿易でガッポリ儲けて、めっちゃ景気がよかった…

 

大したものですよ、ここまで出来るのなら。

ホント、ここまでは良かった…

 

しかし、この順調が災いして、ついつい気が緩みます。

調子に乗って、武芸や政治を怠り、宴会とか歌会みたいな事ばっかりやっていました。

 

でも、それはそれで必要な事は、優秀な重臣がやってくれたのです。

陶晴賢(すえはるかた)という武将が。

 

ちょっとぐらいなら、人に任せてもいいんです。

ちょっとぐらいなら…

 

そこで毛利元就は、遊び呆ける義隆とバリバリ仕事をこなす陶晴賢をじーっと見てました。

そして、そろそろヤバいかな?ってタイミングで主君の義隆に注意します。

 

「義隆様、そろそろ仕事に戻ってください。

せめて職業の割り振りとか、家臣の給料の配分位はお殿様がやらなきゃダメですよ」

 

しかし、義隆は忠告を受け付けません。

バカ殿と化していく義隆…

 

変貌する陶晴賢

それをいいことに、日増しに力を増していく陶晴賢

 

一方、元就はその様子を観察することで、大将に大切な心得を如実に学ぶワケです。

何をしたら人がついて来るとか、何を怠ったら気持ちが離れていくとか。

 

それでまた、義隆にお説教。

 

「いいですか、義隆様。

今の状況は、陶晴賢に実権を渡し過ぎです。

金庫の鍵とか、社長のハンコまで任せちゃいけませんよ。

こんな事をいつまでも続けていたら、家臣達は義隆様を忘れて陶晴賢に懐いてしまいます。

昔から国を奪うのは、その家の家老みたいな人達ですからね。

今の陶晴賢には、それだけの勢いがあります。

いい加減、目を覚ましてください!」

 

非常に的確な忠告です。

それを、親切に教えてやってるのに…ダメでした。

 

元就の考えをまとめると、以下の様になります。

  • 人間は、直接仕事と給料をくれる人に靡く
  • それらの権限は代行であっても、繰り返すうちに自分の特権だと勘違いする
  • 最初は忠実な部下でも権力が増すと、上司をバカにする
  • さらに調子に乗ると、今度は社長を潰しにかかる

 

で、結局は陶晴賢の反乱によって、大内義隆は自害に追い込まれました。

大寧寺の変・1557年)

 

この一件で、大内氏は大パニックに陥りますが、元就は貴重な教訓を得る事になります。

「こんな大将じゃ、家が潰れてしまう…」と。

 

ただ、このドタバタ劇があったからこそ、元就にも下剋上のチャンスが巡ってきたわけですが…これもまた運命。

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