上杉謙信が義理堅い武将であることは、戦国時代当時の人たちにも良く知られていました。

そして、これは現代人が考える以上に、尊く価値のあること。

 

戦国時代では、裏切りや寝返りなんか日常茶飯事。

いつまでも律儀である方が珍しい…

しかし謙信は、このような時代であっても、最後まで義を貫きます。

そして、多くの武将たちから尊敬を集めました。

 

今日は、そんな上杉謙信の義人エピソードを2つ紹介します。

塩の話と勝頼の話です…

みなさん、知ってるかも?

敵に塩を送る敵に塩を送る

敵に塩を送る』はとても有名な話ですが、今一度振り返ってみたいと思います。

当時の大名の対立関係や、謙信の言葉も交えて…

 

 

桶狭間の戦いで、織田信長に討たれた今川義元。

それまでの今川は義元の存在が怖くて、周辺の大名も容易に手出しの出来ない状況でした。

 

しかし、信長の一撃で義元がいなくなると、恐怖感がだいぶ薄まってきます。

 

そこで、武田信玄が今川の領地である駿河に攻め込んでくるのですが…

今川はその対抗手段として、武田へのの販売を禁止しました。

 

しかも、北条とタッグを組んで。

(今川が止めても、北条から入ったら意味ないですからね)

 

この当時の武田は、海まで進出していませんから、塩を売ってもらえないと困るんです。

戦の前は、普通に今川から塩を勝っていましたし。

 

おかげで、武田の領地である甲斐、信濃、上野では、深刻な塩不足で悩まされます。

信玄はもちろん、一般市民に至るまで。

 

 

そんな知らせを聞いた上杉謙信は、信玄に手紙を送ります。

 

「信玄様…戦の影響で、今川と北条が塩の流通をストップしていると聞きました。

でも、これって卑怯なやり方だと思います。

武将ならば戦で闘って、後は天運に任せるべきです。

私はそう思っていますから、塩が必要なら上杉から塩を送りますよ」と。

 

(近国の諸将貴方へ塩を入るるを留め候由、承り候、近比卑怯の挙動と存候。

弓矢を執って争うこと能わざる故とぞんずるなり。

某に於いては、只幾度も運を天に任せ、勝敗を一戦の上に決せんこと存じ候え、の儀は何程にても、某が領国より相送りべし

 

これが、あの有名な『敵に塩を送る』の語源となります。

 

 

実際には、リアカーに塩を乗せて「信玄さ~ん、送るよ~」みたいなイメージじゃなくて、上杉から武田に塩を販売した、、という事でした。

 

塩の製造は上杉の大事な産業の一つで、武田がこれを買ってくれるんなら、謙信としても悪くない話。

今まで、今川や北条が売っていた分が、上杉から売れるのでガッツリ儲かった事でしょう。

 

で、さらに謙信はこうも言っています。

「塩で困っている武田につけこんで、塩を高い値段で売るヤツがいたら、私に言って下さい」

 

 

お~、どこまでも律儀だ!!

 

そんな謙信の行いは、他国の武将達にも知られる事になり、上杉家の株がグーンと上がります。

 

そしてそのために、徳川家康は関ヶ原の戦いの後、上杉家をとり潰す事ができませんでした。

名家を無暗に潰すのは『武士の恥』と、されていたからです。

 

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勝頼は潰さない

信玄の死後

武田信玄は、1573年に病気で死没します。

 

信玄は、自分の死を3年間は秘密にしておくように言ってましたが…結局そんなの、すぐバレちゃいました。

そして、この知らせはすぐに上杉にも伝わります。

 

 

そこで、謙信の家臣達はこれをチャンスと見ます。

「謙信様、今すぐ武田に攻め込みましょう。

そうすりゃ、信濃ぐらいは楽勝で取れますよ!」

 

しかし、謙信は納得しません。

「楽勝って、アンタそれ…おとなげ無いと思わない?

人の葬式に、借金の取り立てに行くようなものだよ」

 

長篠の戦で

また、長篠の戦いで武田軍がボロ負けした時のこと。

 

これまた、家臣達は謙信に進言します。

「謙信様!今こそ、武田を襲う時です。

ズタボロの大ダメージを受けて、まともに戦えないハズですから」

 

しかし、謙信は受け入れませんでした。

「確かに、今行けば信濃どころか、甲斐まで奪えるかも知れない。

でも、人の落ち込んでるところで攻撃するのは、気が進まないんだよ…」

 

 

謙信は、こういう態度を生涯にわたって貫きます。

骨の真から義を重んじる。

 

だから、謙信の生き様は上杉の家臣はもちろん、他国の武将からも尊敬されました。

それは、敵将からも…

 

 

例えば、謙信と戦をしたとします。(たいがい謙信が勝ちますが…)

そして、戦で決着すると、双方和議を結びます。

 

和議を結んだら、普通はその保証として人質を取ったりするんです。

すぐに、裏切ったりさせないためですね。

 

しかし、敵方は上杉家から人質を取りません。

「謙信が約束するって言ってんだから、ちゃんと守るよ…大丈夫」って、な具合で。

 

 

戦国時代みたいなギスギスした時代で、口約束が成り立つなんて珍しい。

それだけ謙信は、信頼と信用の厚い武将でした。

 

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