看聞日記とは、室町時代の事件や面白いニュースを書き記した日記のこと。

書いたのは後花園天皇のお父さんである貞成親王

今回は看聞日記に載っている、戦国ファンの好きそうなエピソードを紹介します。

 

山名氏の軍隊と普通の村人がバトルする話ですよ。

お武家様、俺たちの鹿を返してください

1443年のある日のこと。

守護大名、山名氏家臣の所へ一頭の鹿が走って来ます。

 

その鹿には矢が刺さっていて、体に傷を負っていました。

そして、これを見た山名の家臣は鹿を捕まえます。

(鹿鍋にするつもりですね)

 

すると、その後から鹿を追って村人数人がやってきます。

 

鹿を見つけた村人たちは山名の家臣に言いました。

「お武家様、その鹿は俺たちが仕留めた獲物ですから返してください」と。

 

しかし家臣たちは、「いいや、鹿を捕まえたのは我々なのだから、この鹿は山名のものだ

 

村人は納得できません。

「俺らの鹿を横取りしないでくださいよ。矢を射たのはこっちなんです。」

 

山名家臣。

「そんな事知らん。我々が捕まえた後で勝手な事を言うんじゃない。」

 

言い分としては村人の方が分がありますけど、

山名の家臣は立場を利用して強引に押し切ろうとします。

 

 

口論から乱闘へ

しかし、村人たちはこの位では引っ込みません。

もちろん、その後も言い返しました。

 

そして、その声はだんだんと大きくなり…怒鳴り合い…胸ぐらをつかんで…突き飛ばす!

 

室町時代の村人やお百姓さんって、僕らが思っている以上にアグレッシブでした。

 

子供の頃から刀を持ち歩いて、ケンカとなれば斬り合いです。

それが大人になれば更にエスカレートして、親戚や仲間まで巻き込んだ大バトルにも発展します。

 

ルイスフロイスはその様相を見て「ニッポン、恐ろしや~」とビビっていたそうです。

(本国では大人でも刀なんか持っていない)

 

そして、山名の家臣団と村人たちは取っ組み合って、殴り合いの大騒ぎ。

 

さて、その結果は…勝者!村人グループ!

仕留めた鹿はめでたく、自分たちのもとに返ってきました。

 

 

復讐の山名軍、しかし…

村人にバトルで負け山名の家臣は、思いっきりプライドが傷つきます。

鹿の奪い合いの件だって、山名側の言い分にも一応一理ある(かも知れない?)。

 

このまま引き下がっていたら、武士の沽券にかかわる。

 

そこで山名軍団はリベンジを果たすべく、村人へ仕返しにやって来ました。

(鹿一頭でそこまでやるのか…)

 

山名の騎馬隊数百と、他の大名の援軍まで引き連れて!

(素人相手なんだけどな…)

 

村人軍団もこれを迎え討ちます。

(村人は一向宗みたいな戦闘組織じゃないですよ)

 

…しかしまぁ、ここまで本格的に攻め込まれちゃさすがの村人もお手上げでしょう。

と、思いきや…。

 

戦闘が始まると、村人軍団は巧みな弓矢攻撃奇襲を仕掛けて山名軍を翻弄します。

これは全く予想外の展開でした。

 

山名の方としては、村人をガツンと懲らしめてやるつもりでしたが、逆に返り討ちにされてしまった…。

攻めあぐねた山名軍は、あえなく撤退 ( ;∀;)

 

いやぁ、痛快ですね。

横暴な侍に一歩も引かず、正義を貫き通したカッコいい村人さん。

スカッとしますよ!

 

でも、よく考えると戦場で活動している人の大半は、お百姓さんですよね?

だからちゃんと団結して戦えば、侍よりも強いって事もあるのかも知れない…。

 

 

まとめ

一頭の鹿をめぐって、普通の村人と山名家の家臣が奪い合い。

それは、話がこじれて戦にまで発展します。

しかし、ここで勝利したのは意外にも村人たちのグループでした。

 

 

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