室町時代の「三管領」とは?【細川、斯波、畠山】すぐ分かる!三管領の基礎知識

室町幕府のお偉い役職「三管領」を超簡単に説明します。

サクッと終わりますから、最後まで読んで下さいね。

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三管領とは?

三管領とは、室町幕府の足利将軍を補佐するための役職です。

幕府の中では、将軍の次に偉い人たち。

(会社の副社長みたいな感じです)

だから、もの凄い権力を持っています。

 

ヘタをすると、将軍を勝手にクビにして新しい将軍を連れて来たりするなど。

(明応の政変、1493年)

 

三管領と言うぐらいですから、3人の管領がいます。

細川氏畠山氏斯波氏

 

この三者は、足利尊氏に従って室町幕府の立ち上げに尽力した功労者たち。

そして、この三氏は足利家の分家にあたる家柄でもあります。

管領の職はそれぞれの家で代々受け継がれ、将軍と共に幕府の政治を運営します。

 

三人いると、時々誰かが仲間外れになる事もありますよね?

三管領でもたま~にあるんです。

 

例えば、3代将足利義満(金閣寺の…)の時代に細川氏が将軍と仲良くなり過ぎて、他から恨まれるとか…。

 

あと、一口に三管領と言っても、その中で微妙なランク付けがあります。

家柄的にどっちが偉いかって話。

 

基本的には・・・斯波氏>畠山氏>細川氏。

ただ、時代の流れと共に勢力が変わって立場が逆転しています。

 

さらに、戦国時代に入ると織田信長や三好長慶に踏み潰されて終了。

この辺りから「ああ、室町時代も終わりなんだなぁ」ってムードが漂い始めます。

 

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三管領の衰退

室町幕府も長年やってると、次第にその屋台骨がゆらいで来ます。

やる気のない将軍が登場したり、管領同士で争ったり、後継ぎ問題でもめたり…。

 

それで、この歪が一気に表面化したのが応仁の乱(1467年)です。

全国規模でぐちゃぐちゃに争って、幕府の弱体化があらわになったあの戦。

京都は荒れ果てて、地方では混乱に乗じて下剋上してるヤツもいる。

 

そうすると、三管領も気が気ででないんです。

「オレの国は大丈夫かな…?他国に攻められたり、仲間割れなんかしてないだろうか」と。

で、国元が心配でお家に帰っちゃったりします。

 

そんな調子で三管領がお留守だったりするもんですから、次第に自然消滅の方向へ。

消滅しなくても、形だけの存在と化します。

 

特に京都では、三好氏が台頭し栄光の細川氏が隅に追いられる。

さらには、その三好氏を織田信長が蹴散らし、将軍義昭は手玉にとられる始末。

 

戦国時代の幕開けと共に、室町幕府や三管領は衰退していきました。

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