周防国ってどこ?

周防国(すおうのくに)とは、現在の山口県の東半分を指します。

本州の西の端っこの方ですね。(一番西は長門国)

瀬戸内海に面していて、沿岸部には小さい島がいっぱいあります。

 

 

周防国の国府(昔の県庁所在地)は現在の山口県防府市(ぼうふし)。

防府天満宮」防府市です。

 

菅原道真(学問の神様)を祀った防府天満宮は、日本三大天満宮の一つに数えられます。

(他二つは「京都・北野天満宮」と「福岡・太宰府天満宮」です)

 

 

あと、周防国で有名なものは…ちょっと思いつきません( ;∀;)

そこで、無理やり引っ張り出してみますね、2つほど。

 

まずは、ザビエル記念聖堂。

バテレンのフランシスコ・ザビエル。

 

カッパみたいな頭をしたザビエル。

ザビエルは日本に伝道活動をしに来た時に、2回ほど周防国を訪れています。

記念聖堂は山口県山口市にあります。

 

もう一つは、長州力。(かなり強引ですが…)

サソリ固めでお馴染みのプロレスラー長州力です。

 

山口県徳山市の出身ですから、ちゃんと周防国の人。

力さんは最初はやられ役でしたが、しまいには主役を食いちぎる革命戦士となりました。

カッコよかったなぁ…

<スポンサーリンク>

 

 

周防国の歴史

周防国は古くからいろんな氏族の支配を受けて来ましたが、マニアック過ぎてワケ分らん。

平安時代までは、貴族系の人たちが代わる代わる周防国を治めています。

 

 

鎌倉時代に入ると、源氏が天下を取りますから北条系の人が代々守護を治めます。
(周防国って、あまり話すネタが無いんですよねぇ)

 

室町時代に入ると少し動きが出て来ますよ。

鎌倉時代が終わってからは、大陸系の氏族大内氏周防国を支配していました。

 

しかし、お隣の安芸国に毛利元就が登場する頃から雲行きが怪しくなります。

(戦国時代に突入した、と言う意味です)

 

アーチスト気取りの大内義隆はヘナチョコ大名のため、家臣の陶晴賢に裏切られ滅亡。

ところが、その陶晴賢も毛利元就と争い敗れ、結果的に周防国は毛利のもの。

(戦国時代なので、動きが忙しいですね…)

 

そして、その後はずーっと毛利です。

戦国時代から江戸時代を突き抜けて明治維新に至るまで、ずーっと毛利。

周防国はお隣の長門国を合体させて長州藩として存続しました。

 

 

ちなみに、周防国の幕末の志士は…伊藤博文井上馨大村益次郎、などなど。

なかなか豪華な顔ぶれですね。

 

以上、周防国でした。

<スポンサーリンク>