秀吉は、人の信用をとても大事にしました。

ウソをつかないのはもちろん、一度交わした約束は必ず守る。

 

それは、自分の命に代えてでも。

だからこそ、秀吉は多くの武将に支えられ天下を取るに至ります。

 

今日は、そんな秀吉の誠実さをあらわすエピソードのご紹介。

秀吉の若い頃の話です…

ようやく300石、夢は600石

豊臣秀吉が織田信長に仕えても無い頃です。

 

秀吉は、同僚たちと集まって座談会をしてました。

すると話題は、将来の夢について語るようになります。

 

ある者は「城持ち大名になるぞ」と話してみたり、またある者は「全国制覇だ」と言ってみたり…

じゃあ、秀吉は?

 

「オレの夢は、600石をもらう事だね。

今まで死ぬような思いをして、やっと300石になった。

だから、これからもメッチャ頑張れば、600石ぐらいはいけると思うんだ」

 

 

これを聞いた仲間たちは、笑いました。

「なんだよー、お前の夢って小さすぎるぜ」

 

しかし、秀吉はこう返してやります。

 

「全国制覇とか、大国の大名とか、みんな本気で言ってるのか?

オレはなぁ、出来ない事は言わないけど、ヤルとなったら命を掛けてでもやり抜くんだ。

絶対にやってやるぜ、600石。

それがオレの夢だ。見てろよ!本当にやってやるぜ!」

 

これは、実に秀吉らいし言葉です。

 

口に出したことは必ず、やり遂げる。

それは人との約束であったり、将来の夢であったり…

 

最初は300石、600石という小さな石高でしたが、この着実な積み重ねは天下統一に繋がっていたのです。

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次郎左衛門さん、絶対に逃がしてあげるからね

織田にするか?斎藤にするか?

織田信長が、斎藤龍興と戦っていた時の話。

 

信長は、桶狭間の戦いで今川義元を倒すと、次の標的を美濃の斎藤氏に定めます。

ところが、斎藤方に大澤次郎左衛門という手強い武将がいました。

 

大澤次郎左衛門のおかげで、美濃攻めが全然進まない。

そこで秀吉は、調略でもって次郎左衛門を落としにかかります。

 

「大澤殿、今どき斎藤家に付いたって時代遅れですよ。

このまま斎藤と一緒に滅ぶか、今のうちに織田に乗り換えるかよく考えてください。

信長には、私から話を通しておきますから、近日中にお返事くださいね」と。

 

すると、次郎左衛門は秀吉の説得に応じ、清州の信長に会いにきました。

調略成功です。

 

ところが・・・

次郎左衛門と面接した信長は、浮かない顔。

 

信長は秀吉を呼びつけてこう言います。

 

「大澤次郎左衛門は、確かに武勇に勝れた侍だ。

でも、浮気っぽい性格だから斉藤から引き抜いても、次は俺たちを裏切るだろう。

だから、織田の味方に入れる事はできない。

今晩、お前がヤツの腹を切らせろ」と。

 

そこで、秀吉はいいました。

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「信長様の言う通りです…

でも、ここで次郎左衛門の腹を切らせたら、後に降参する者が警戒しますよね?

どうしましょう?信用できないなら、このままつまみ出してもいいですか?」

 

しかし、信長は秀吉の意見を聞かず…やはり「腹を切らせろ」とのこと。

 

いいんです、腹を切らせても。

調略に乗ったのは、次郎左衛門の責任ですから。

 

戦国時代に、これくらいの駆け引きはよくあることです。

 

でも、秀吉は考えました。

 

次郎左衛門の腹を切らせるのも、仕方がないこと。

ただ、それをやっちゃうとつぎに調略に乗る者や降参する者が激減する。

かと言って、次郎左衛門を勝手に帰したら、信長がブチ切れるだろう。

 

ならば…次郎左衛門が勝手に脱走した事にするか!?

これなら、信長にも言い訳が出来る。

 

信長の命令には従ってるけど、自分がヘマして逃げられちゃったんです、と。

怒られるけど、逆らっているワケじゃ無いんで、最悪の事態は免れるだろう…

 

危険な脱出作戦

そこで、秀吉はこっそり次郎左衛門を呼んで「早く、逃げろ」と伝えます。

 

信長は、切腹させろと言って聞きかない…

あなたの事を口説いて悪かったが、今はそれを言ってる場合じゃないので、とにかく逃げてくれ!

 

しかし、こういう状況で「逃げろ」って言いながら、途中で斬られる事ってよくあるんです。

だから、次郎左衛門からしたら秀吉さえも信用できないところ。

 

その気持ちは、秀吉にもよく分かります。

だけど、早く逃げなきゃ殺される。

 

そこで秀吉は…

 

「大澤殿は、逃げる途中で斬られるのが心配なんだよね?

分かる分かる、それってよくあるパターンだし。

だったら、途中までオレがついて行きますよ。

『ここまで来たら大丈夫』って、所までは」

 

でもこれって、秀吉にとってもすごく危険な行為。

織田の領内で、敵将とコソコソつるんでいる所が見つかれば両方殺される。

 

また、斉藤の領内に踏み込めば、それはそれで危ないんです。

それでも、秀吉は「一緒に行こう」と。

 

秀吉の本気さは、次郎左衛門に伝わりました。

すると、次郎左衛門もやはり武士です。

 

「秀吉殿、あんたの事だけは絶対に信用します。

だから私は一人で逃げますが、その志は忘れません…」

そう言って、清州から消えました。

 

 

これ以降、織田と敵対した武将たちは呼びかけには応じ、降参する者が増えました。

秀吉の信用が、世間に広まったからです。

 

秀吉は信義を守る事によって、敵将を包み込んでいったのです。

 

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